夢
■登場人物
- しげと: 男 22歳 歌手を目指して上京してきた、アムプロダクションのレッスン生
- 河村さん: アムプロダクションのプロデューサー 男 アイドル歌手コーディの担当
- コーデリア(コーディ) アイドル歌手 女 河村さんに才能を見出された、目下売り出し中のアイドル歌手
- りん アムプロダクション勤務 女 河村さんとは旧知の仲らしい
■scene1ーアムプロダクション レコーディングルーム
しげと「だから〜♪あな〜たに〜〜あな〜たに〜〜♪つ〜た〜え〜たい〜・・・あいし〜て〜る〜♪・・・・・・あ〜〜な〜〜た〜だけを〜・・・・・・・・あ〜い〜し〜てる〜〜〜♪」
河村さん「・・・・・・。・・・・・・。(ふんっ)」
しげと「ありがとうございました。」
河村さん「・・・・・・合格。」
しげと「ほ、本当ですか!っっし!」
河村さん「ひとつだけ。」
しげと「え?」
河村さん「ひとつだけ聞きたいことがある。」
しげと「は、はい!」
河村さん「それがお前の歌いたかった歌か?」
しげと「・・は、はい?ええっと、はい。そうです。」
河村さん「ならいい。良かったな。解っていると思うがチャンスはそう多くは巡ってこないぞ。しっかりと練習しておけ。」
しげと「はい!ありがとうございます!!」
河村さん「・・・・・・。」
しげと「(本当はこんな歌が歌いたかったんじゃない。でも、今の僕には、この歌ぐらいしか歌いきれる曲がない。この曲なら、ちょっとコンディション悪くても失敗しないことは解っている。・・・・・・。まあ、オーディションに受かれば、またレベルの高いレッスンを受けられるだろうし。とりあえずはこれでいこう。)」
■scene2 アムプロダクション スタッフルーム
河村さん「今度のオーディションだが、NとT、それからUとE・・・。」
りん「はい。」
河村さん「それから、しげと。」
りん「!」
河村さん「あれはもう駄目だ。」
りん「あら、可哀想。あんなに入れ込んでいらしたのに。」
河村さん「あいつ、初めて自分に嘘をつきやがった。後はもう落ちていくだけだな。放っておいてもやめるだろうが、しばらくはずるずる引きずるかも知れない。」
りん「冷たい人。」
河村さん「おいおい、お前に言われたくはないな。このプロダクションが何で成り立っているか一番良く知っているのは経理のお前だろうが。」
りん「レッスン生に夢と形ばかりのレッスンを売っている。」
河村さん「一応俺はやる気のある奴の面倒はしっかりみてやっているぞ。トレーナーだって音大卒のそこそこレベルの高いやつらだ。給料だってしっかり払っている。」
りん「だから、彼らには夢を買い続けてもらわなきゃいけないのね。コーデリアのためにも。」
河村さん「コーディの話は別だ。それより、しげとをオーディションの出場者に加えておけ。順番は・・・一番最後でいいだろう。」
りん「『なかなかオーディションに通らない子のためのガス抜きの場。居並ぶスカウトたちはみんなうちとの関係があるさくらで、実際には誰もスカウトなんてされない』。」
河村さん「おいおい、それを言うなよ。」
りん「あなたから100回は聞かされたわ。あ、忘れていた。『彼らはコーデリアの前座を務めてくれた者達として俺の記憶の中に忘れずにとどめておかれるだろう』」
河村さん「ああ、そうだ。しかしそれはコーディには関係がない。俺の・・・業のようなものだ。」
りん「で、彼にももっともっと夢を買ってもらうために、モチベーションを取り戻してもらおうってわけね。」
河村さん「いや。終わった後にカラオケにでも連れて行ってやろうと思っている。」
りん「あら。久しぶりにあれをやるのね。なんだ。でも、経理の立場としては反対。なんであの子だけ特別扱いするの?いいじゃない、もうしばらくいてもらえば。」
河村さん「似ているんだ。あいつは。」
りん「はぁ。そのセリフ、何度聞いたことか。うちは慈善事業をやっているわけじゃないのよ。」
河村さん「わかっている。勿論選ぶのはあいつだ。」
りん「そうやってあなたが優しいせいで、どれだけ私が苦労してきたことか。コーデリアだって・・・。」
河村さん「コーディは別だ。それよりも次のステージだが・・・。」
りん「(はぁ。仕方ないわね。まあ。憎まれ役は馴れているわよ。)」
■scene3 カラオケ店
しげと「だから〜♪あな〜たに〜〜あなぁ〜たぁにぃいいい〜〜♪・・・・・・・・・・・・・」
しげと「ふぅ。・・・・・・。別の歌入れようか・・・いや、もう一度・・・。」
■scene4 オーディション会場 本番
司会「はい、ありがとうございました。次、エントリーNo.5、しげと!曲目は、ザ・ローニンズで『伝えたい言葉』」
しげと「・・・・・・。」
司会「では、どうぞ。」
しげと「あな〜たに〜♪つぅーたえたかったぁ〜〜♪こ〜〜とば〜があ〜る〜〜ルルル〜♪」
しげと「だから〜♪あな〜たに〜〜あな〜たに〜〜♪つ〜た〜え〜たい〜・・・あ〜い〜してるぅ〜♪」
司会「はい。ありがとうございました。・・・?」
しげと「!?(あ!)あ、ありがとうございました!」
司会「はい、以上でオーディションは終了です。結果は後ほど。審査員の皆さん、ありがとうございました。」
司会「それでは、皆さんお待ちかね、こぉぉぉおおおでぃーーー!」
コーディ「みんなー♪こんにちはぁー♪」
しげと「・・・・・・。(そうか、90秒って言われてたっけ。肝心のところ、歌えなかった)」
■scene5 廊下
あのとき言えなかった
言葉を今も抱きしめている
いつかあなたに伝えたいと
大切に育てている
河村さん「おい、しげと。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「しげと!」
しげと「は、はい。か、かわむらさん!どっどうしてここ・・・?あ、すみません!ボーッとしてました。」
河村さん「さっきのオーディションだが・・・。」
しげと「あ。すみません!すぐに戻ります!」
河村さん「今回の合格者は・・・。」
しげと「へ?」
河村さん「なし、ということだ。残念だったな。」
しげと「え、あ。お、そ、それは・・・。」
河村さん「まあ、これをばねにして・・・。」
しげと「(なにがいけなかったんだ。やっぱり選曲が・・・。90分だとあまり盛り上がらないまま・・・。あ、でも・・・。やっぱ練習不足で・・・。いや、やっぱり曲が・・・。あのとき河村さんが言っていたことって、このこと???・・・。次は・・・。次??次ってなんだ?)」
河村さん「おい!ほれっ。」
しげと「え?おっとっと。これは・・・?」
河村さん「さっきのテープだ。今後のために聴いておけ。」
しげと「こん・・ご?くっ!(こんなもの・・・。う。だ、だめだ。おさえろ)」
河村さん「まあ、まだ先は長い。そう短気になるな。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「それはそうと。ちょっと来い。」
しげと「どこにですか。」
河村さん「せっかくだから聴いていけ。」
しげと「アイドルなんて・・・。」
河村さん「・・・・・・。」
しげと「(はっ!)しっ、失礼しました。」
河村さん「いいから、来い。」
■scene6 舞台裏
やさしい気持ちはガラスのよう
だから私たち輪になろう
手に手をとって
やさしさの輪を作ろう
河村さん「まあ、座れ。」
しげと「・・・・・・。(アイドルの歌なんて)」
コーディ「ひーだ〜〜りのぉ〜てをーーーー♪しぃっか〜〜りぃとにぃぎぃ〜〜いぃって♪」
しげと「・・・・・・。」
コーディ「みぎぃ〜のてを〜〜〜♪さしのーべて〜あ〜げ〜よ〜う〜〜♪」
しげと「!!!!!!!」
河村さん「・・・・・・。」
コーディ「やぁさぁ〜しぃ〜さぁ〜のなかぁぁぁに〜♪やぁ〜さぁ〜しぃ〜〜さぁのーおおおお〜〜わ〜の〜なかに〜〜♪むぅかーえ〜い〜れて〜・・・あ〜げ〜〜よ〜う〜〜♪。」
しげと「・・・・・・。」
そして優しさの輪を広げていこう
本当はみんな優しい人なんだよ
しげと「・・・・・・。これは・・・・・・。」
河村さん「これが、歌だ。コーディはな、今はアイドルということで売り出しているが本当は・・・」
しげと「これが・・・歌・・・。」
■scene7 しげと
いつかあなたに伝えたいと
大切に育てている
しげと「あれが・・・ホンモノ・・・。」
しげと「??これは・・・?あの時の・・・くっ、こんなものっ・・・・・・。」
(河村さん)「それを壊したらお前はクビだ」
しげと「(はっ)ま、まさか、な。ま、まあ、失敗は何とかっていうし、一応とっておくか。」
しげと「・・・・・・。」
しげと「・・・・・・。」
(しげと)「(あな〜たに〜♪つぅーたえたかったぁ〜〜♪こ〜〜とば〜があ〜る〜〜ルルル〜♪)」
しげと「・・・・・・。(きたねぇ)」
(しげと)「だから〜♪あな〜たに〜〜あな〜たに〜〜♪つ〜た〜え〜たい〜・・・あ〜い〜してるぅ〜♪」
しげと「っ!。ぜんっぜん、だめじゃねぇか。こんな・・・こんな・・・うぉおっ!」
しげと「やっぱりこの曲では・・・これは僕が本当に歌いたかった曲じゃなくて・・・でも、きちんと声があたっている曲はこれしかなくて・・・上手く歌えばこの曲でも・・・だってオーディションの選考では・・・あの時は最後まで歌わせてもらって・・・やっぱり短いオーディションには始めに盛り上がりのある曲の方が・・・。」
やさしさの中に
やさしさの輪の中に迎え入れてあげよう
しげと「・・・・・・。やっぱり違う。」
(河村さん)「これが、歌だ。」
しげと「僕のは歌じゃない。僕は・・・僕は・・・歌っていない。」
■scene8 ミニステージ付きカラオケ店 貸し切り
しげと「はぁ、はぁ、はぁ、す、すみません!でんしゃ・・・。」
河村さん「コーディーは遅刻なんかしない。」
しげと「すみません。・・・あれ?他の方は・・・。」
河村さん「まあ、とりあえず入れ。」
しげと「・・・・・・。(なんだろ。ざわざわする。)失礼します。」
河村さん「お疲れ!」
しげと「お疲れ様です。」
河村さん「まあ、結果は残念だったが、初ステージ、おめでとう。結構練習したんだろ。」
しげと「はぁ。あ、は、はい!ベストは尽くしたつもりです。」
河村さん「だろう?気合いが入っているのは伝わったよ。最初はちょっと力入り過ぎてしまったみたいだけどね。」
しげと「せっかく選んでいただいたのに、ご期待に応えられず、申し訳ありませんでした。」
河村さん「なんだ、そんな用意してきたようなセリフは。」
しげと「すみません。」
河村さん「まあ、いい。今日は君を励まそうと思って呼んだんだ。久しぶりに君の歌が聞きたくもなったし。」
しげと「ありがとうございます。」
河村さん「ほら、うちに入るときのオーディションで歌っていた歌、歌いなよ。」
しげと「はい。ええっと。あ、すみません、その本、貸してもらってもいいですか?」
河村さん「おお。ほい。(しばらく歌ってないな)」
しげと「(なんだっけ。ああ、これか)じゃあ、すみません、歌います。」
そしてまた新しい仮面を作った
今度の仮面は笑っている
だから僕は
楽しくなくても笑っている
河村さん「おお。さすがだな。やっぱり俺の見込みに間違いはなかった。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「そうだ、あれも聞かせてくれよ。2年前の最終選考の時にお前が歌っていた曲、確か・・・これ、だな。」
しげと「いいんですか。すみません、僕ばかり。」
河村さん「いいって、今日はお前の歌を聞きに来たんだって言ったろ?」
しげと「じゃあ、お言葉に甘えて。」
この世界はあまりにも眩しすぎる
だから僕は黒を纏おう
僕の黒が少しでも
眩しさをやわらかくすることが出来るといい
河村さん「・・・・・・。(確かに、下手だ。だが、心がこもっている。だから最後まで残した)」
しげと「だ〜から〜ぼ〜くは〜〜くぅ〜ろ〜で・・・ゆく〜〜♪」
河村さん「なるほどね。」
しげと「ふぅ。すみません、まだこれ、しっかりと歌えていないです。」
河村さん「まあ、それはこれから練習すればいい。ところで、俺も1曲歌っていいかな。」
しげと「も、勿論です。河村さん、何歌うんですか?」
河村さん「なあに、ただの懐メロさ。君たちにとっては聞くに耐えないようなへたくそだが。」
しげと「と、とんでもないです。勉強させてください。」
河村さん「世辞はいい。まぁ、何だ、下手な歌でも聞いて自信を持ってもらえればいいかなってところだ。」
しげと「河村さん、曲の番号、見ないで入れるんですね。」
河村さん「ん?ああ、これぐらいしか歌える歌がないからな。」
だけどあの日の朝
あなたは逝ってしまった
一篇のことばだけを遺して
さよならも言わないで
しげと「・・・・・(重い歌だな。誰の歌だっけ?)。」
ぼくの手をとって
死んではダメと言ってくれたあなた
だけどあなたは逝ってしまった
僕は
僕は
どうすればいい
河村さん「つ〜ないで〜〜いく〜♪いの〜ちの〜くさり〜〜♪あなた〜の〜〜のこ〜した〜うた〜をむね〜に−・・・。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「・・・・・・。」
しげと「うまいじゃないですか。僕なんかより遙かに・・・いや、河村さんより上手いひとなんて・・・。」
河村さん「それはお前の勉強不足だ。この程度の歌い手ならいくらでもいる。」
しげと「河村さんはなんで歌手・・・。」
河村さん「・・・・・・。」
しげと「あ゛!・・・。すみません!ごめんなさい!」
河村さん「才能がなかったからさ。」
しげと「で、でも、河村さん、今の歌、これ、今メジャーなアーティストでもこんなに歌える人、いないっすよ、それで才能がないって・・・。(僕はいったい・・・)」
河村さん「響かんのだ。」
しげと「え?」
河村さん「響かんのだよ、俺の歌は。」
しげと「ええっ!?こんなに響いているじゃないですか!」
河村さん「ここではな。しかし、ステージでは響かんのだ。コーディのようには。」
しげと「・・・・・・。(僕なんかここでだって)」
しげと「・・・・・・。(河村さんほどの人が)」
しげと「・・・・・・。(でもなんで・・・)」
しげと「なんで、かわむらさんは!」
河村さん「ん?」
しげと「い、いまのお職業に、選ばれた、のすか?」
河村さん「(ようやく目が覚めたか)。私もかつて、歌手を目指した時期がある。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「だが、やめた。きっかけはあるオーディションでだな、たまたまマイクのスイッチが入っていないときがあってな・・・・・・。まともに聞いてしまったのだ、自分の・・・この・・・声を。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「とてもみすぼらしい声だった。ちっとも響いていなかったよ。この俺でもすぐに解った。なんだ、私は頭の中に響いていた声を自分の歌声だと思い込んでいただけで、実際にはこんな声じゃないかって。」
しげと「頭の中・・・?」
河村さん「勿論、そのオーディションは駄目だったさ。何せ、途中から自己嫌悪で頭の中が一杯で歌どころじゃなくなっていたからな。だが、帰ってから、さすがの俺も考えた。どうも俺は歌が下手らしい。この先どうする?って、まあ、誰もが考えることだろうが。」
しげと「僕は・・・考えたことさえありませんでした。怖くて。」
河村さん「そりゃそうだ。今までの自分を全否定するようなことだからな。だが、その時の俺は嫌でも考えなければならなかった。あんなショックの後だからな。で、いろいろと回り道をした結果、結局俺は何のために歌なんか歌おうって思ったか、そこが大事だと思った。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「俺が出した答えはこうだ。俺は大切な人を失ったことがある。その時俺は思った『世の中はおかしい。何であんなに美しい心を持ったあの人があんな死に方をして、汚い心しか持っていない俺のようなやつが生き続けているのか』。俺はどうしても納得が出来なかった。だから、それを歌にして歌った。毎日のように歌い続けたt。そうしたら、いつの間にか、オーディションの会場に立つようになっていたってわけだ。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「だけど、よくよく考えたら、俺はこの不条理を伝えたかっただけで、何も俺自身がそれを歌う必然性はないわけだよな。あの日、ショックを受けた日だな、至った結論は、そういうことだ。だから、その日、俺は歌手を目指すことをやめることにした。その代わりに、俺が伝えようとしていることを伝えてくれる誰かを見つけて応援する仕事がしたい、そう思って・・・まあ、いろいろと転々としたあげくに、今の仕事に落ち着いたってところだ。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「オーディションに来る連中の相手をするのは苦痛だったよ、正直。だけど、『自分が本当にやりたいこと』が解っていたからどうにか耐えられた。そして・・・・・・コーディに出会った。」
しげと「コーデリア。」
河村さん「そうだ。眞子は、いや、コーディは・・・聴いただろ、コーディの歌を。」
しげと「はい。この世の人の歌とは思えませんでした。」
河村さん「コーディの歌は響く。たとえマイクがなくても。ホールに響く、というだけではない。人の心に響くのだ。」
しげと「鳥肌が・・・たちました。」
河村さん「俺も未だにそうだ。俺はコーディに俺がやりたかったことを伝えた。勿論、こんな話、俺の勝手でしかないのは承知の上でだ。」
しげる「コーディは、なんて答えたのですか?」
河村さん「彼女は肯定も否定もしなかった。ただ、こう言った。」
(コーディ)「私は自分が授かったギフトを1人でも多くの人に届けたいから歌手になろうと思いました。それが私の夢です。私の夢があなたの夢と同じ方向を向いているといいですね。」
(コーディ)「でも、今はあなたを信じたいと思います。よろしくお願いします。」
河村さん「正直、自分がやっていることが、彼女の夢の助けとなっているか、自信はない。だが、私も彼女も『自分が本当にやりたいこと』を知っている、これだけは確かだ。もし私がやろうとしていることが彼女の夢と違うと判断したら、彼女は私の元を離れていくだろう。それは仕方のないことだと思っている。」
しげと「自分の、本当に、やりたいこと・・・。」
河村さん「少し話しすぎたな。」
しげと「いえ。ありがとうございました。河村さん!」
河村さん「なんだ?」
しげと「僕、レッスンをやめます。長い間お世話になりました。」
河村さん「お、おいっ!・・・・・・。」
河村さん「ふ。やはり話が過ぎたか。またリンに怒られるな。」
■scene9 しげと
しげと「僕の、本当に、やりたかったこと・・・。」
しげと「僕は、何で歌手になろうと思ったんだろう・・・。」
あの空より高く
高く高く
飛んで行けたら
しげと「小さい頃、僕が歌うとみんな喜んでくれた。」
この思い
この歌に込めて
君に届けたい
しげと「カラオケでは、『プロみたい』ってよく誉められていたっけ。僕の歌で泣いてくれたこもいたな。」
本当に伝えたいことは
言葉では伝えられない
だから僕は歌うんだ
(河村さん)「うちでレッスンを受けないか。まだ君はその情熱を上手く音に乗せられないでいる。でも、君には才能があるから、きっと君が伝えたいというそのことを伝えられるようになるよ。」
しげと「あの時、河村さんが優しかったのは、何でだろう。」
もう届かない
君は僕の側で
僕と違う空を見ている
(しげと)「くそっ!何でここで裏返ってしまうんだっ!。この1音さえなければ、この歌、歌えるのに!」
しげと「今考えるとおかしいよな。本当に伝えたいことが、たった1音届かないくらいで伝わらないはずなんてないもんな。」
出口のない迷路の中で
繰り返しぶつかって
血を流す
(しげと)「駄目だ、この歌にはきかせるところがない。こっちの歌は後半のサビで届かない音がある。これは、ちょっと自分の声量では無理だな。こいつはCメロからラストまでの途中で息切れするな・・・。」
しげと「歌に自分を合わせようとする。歌を自分に合わせようとする。どっちも自分が本当にやりたいことではなかった。」
しげと「・・・・・・そうか。」
■scene10 電話
しげと「(つながらない・・・。やっぱり、だめか)」
河村さん「ん?ああ、負け犬か。何だ?俺は忙しい。」
しげと「お、お時間いただけないでしょうか。」
河村さん「1分。」
しげと「はい!ありがとうございます。」
河村さん「で、何だ?」
しげと「僕を雇ってください!」
河村さん「じゃあな。」
しげと「ちょ、ちょっと待ってください!1分って言ったじゃないですか。」
河村さん「職探しなら他を当たれ。うちは見習いは募集していない。」
しげと「雑用でも何でもします!お願いです!」
河村さん「見習いでも雑用ぐらいはするさ。でもうちは雑用も足りているのでね。」
しげと「そこを何とかお願いします!」
河村さん「いい加減にしろっ!第一、俺の話を聞いたぐらいで俺の猿真似をしようなど甘さにもほどがある。」
しげと「違うんです。僕は・・・。」
河村さん「何だ?コーディのおっかけならちゃんと金払ってチケット買え。」
しげと「違います。僕は・・・。」
河村さん「1分は過ぎた。切るぞ。」
しげと「待ってください!僕は伝えたいことがあるんです。」
河村さん「その話は聞いた。」
しげと「最近までそれは僕が歌って伝えなければならないと思っていました。でもそれは単に自分が歌って気持ちよくって、人に誉めてもらいたくて、自分の好きなことをやってお金ももらって・・・。」
河村さん「何が言いたいのかよく解らん。」
しげと「ですから、こんがらがっていたんです。でも、僕が本当にしたかったことは、何かを伝えることで、それを伝えるための方法は僕が歌う以外にもいっぱいある、それに気づいたんです。」
河村さん「それは俺が話した話、そのまんまじゃないか。」
しげと「そうです。だから、河村さんのところで勉強させて・・・。」
河村さん「それは勝手にやれよ。うちとは何の関係もない話だ。じゃあな。」
しげと「待ってください。関係なら、あります。それもたくさん。僕は自分の夢を諦めません。そのことを忘れないためにも、僕は自分が選んだ道から目をそらしたくない。逃げたくないんです。それから、僕は河村さんから学びたいことがいっぱいある。そして、僕はやっぱり歌から離れられない。自分が歌うことが出来ないとしても、例えばコーデリアさんのような人のお手伝いをして、歌に関わっていたい。僕が伝えたいことは絶対に歌の中にある。これまでそれは、自分が歌うことでしか伝えられないものだと思い込んでいました。けど、そうじゃなかった。僕の伝えたいことは音楽にある。でも、僕自身がそれを歌うことは、僕の夢そのものじゃないんです。だけど・・・。」
河村さん「何だ、結局こんがらがっているじゃねえか。しかも自分勝手なだけで、やっぱりうちとは何の関係もない。」
しげと「そうかもしれません、だけど!」
河村さん「ああ、わかったわかった。面倒だから、お前が伝えたい何とかというやつを400字でまとめて俺に送れ。」
しげと「へ?」
河村さん「1週間だけ待つ。その間に届かなかったら、金輪際、お前の相手はしない。」
しげと「い、1週間?」
河村さん「俺だったら1週間で詩を7つかく。コーディだったら1週間で歌を7つマスターする。」
しげと「け、けど、たった400字・・・まだ・・・。」
河村さん「1週間もかけて俺1人納得させることが出来ないようでは、お前が『夢』だといっているものには力がない。ただのハリボテだ。そんなハリボテの夢など、何年かけてもかなうはずがない。そんなハリボテに付きやってやる暇などない。」
しげと「・・・・・・。解りました。書きます。400字ですね。絶対に届けます。1週間で。」
河村さん「ああ、期待しないで待っているよ。じゃあな。」
しげと「・・・・・・。」
河村さん「またリンに怒られるな。」
しげと「1週間・・・400字・・・ゆめ・・・・・・。」
しげと「よしっ!」
---End---
舞い降りた天使に捧ぐ